新規事業

新規事業の市場調査のやり方|調査後に失敗する行動パターンとMVP判断一気通貫フロー

最終更新:

新規事業の市場調査を5ステップで解説するPEST分析・TAM・3C分析の図解

新規事業の市場調査を丁寧にやり切ったのに、結局うまくいかなかった——そんな話を300社以上の現場で繰り返し聞いてきました。

問題は「調査の手法を知らなかった」ではありません。調査を終えた後の行動パターンに、致命的なズレが生じているケースがほとんどです。

競合記事や教科書は「PEST分析をやろう」「TAM/SAM/SOMを算出しよう」と手法の説明で終わります。しかし現場では、フレームワークを正しく使っても、その後の意思決定ステップで失速する事例が後を絶ちません。

本記事では、まず「調査後に失敗する3つの行動パターン」を先に明かしたうえで、デスクリサーチ・定性インタビュー・定量調査の3段階の具体的なやり方を解説します。さらに、調査結果をそのままMVP設計・仮説検証へつなぐ一気通貫フローまで提示します。「調査は得意だがアクションが遅い」チームに、特に役立てていただける内容です。

1枚埋めるだけでアイデアが事業計画書になる|新規事業立ち上げキット(穴埋め式テンプレート+専門家動画)

新規事業の市場調査とは?目的と3段階のアプローチ

市場調査とは、参入を検討する市場の規模・顧客ニーズ・競合状況を体系的に把握し、「参入すべきか」「どう参入するか」の意思決定精度を高める活動です。事業計画書をきれいに仕上げるための作業ではなく、「仮説が正しいかどうか」を最小コストで確認するプロセスだと理解してください。

ONE SWORDでは300社以上の新規事業支援を通じて、市場調査を以下の3段階に整理しています。

段階1:デスクリサーチ(机上調査)

既存の公開データや業界レポートから市場の輪郭を掴む段階です。市場規模の概算(TAM算出)、主要プレイヤーの把握、マクロトレンドの確認を行います。この段階で「調査する価値があるか」を判断し、深追いするかどうかをふるいにかけます。

所要時間の目安:1〜3日

段階2:定性調査(インタビュー)

実際の顧客候補・業界関係者に話を聞き、「なぜそのニーズが生まれるのか」「現在どのように課題を解決しているか」の深層を掘り起こす段階です。仮説の検証ではなく、仮説そのものを発見・修正するフェーズです。

所要時間の目安:1〜2週間(5〜10名のインタビュー)

段階3:定量調査(アンケート・データ検証)

定性調査で得た仮説を数値で検証する段階です。「このニーズは一部の特殊なケースなのか、それとも市場全体に共通するのか」を確認し、MVP設計の前提条件を固めます。

所要時間の目安:1〜2週間(100〜300件のサンプル)

この3段階が重要なのは、段階をスキップすると後で必ずやり直しが発生するからです。「いきなりアンケートを3,000件取ったが、聞くべき問いを間違えていた」という失敗は、定性調査を省略したことが原因です。順番を守ることが最大のコスト削減です。

なお市場調査をどの段階で行っても、調査の目的は「完璧なデータを集めること」ではなく「次の意思決定を前進させること」です。この認識の違いが、後述する「調査後に失敗する行動パターン」と直結しています。

市場調査後に失敗する3つの行動パターン

ONE SWORDが支援してきた300社の現場で観察した、最も多い失敗パターンを正直に開示します。調査の手法を正しく実行しても、この3つのどれかに陥ると、市場調査は「やったこと」に成り下がります。

失敗パターン1:「調査して安心」で止まる

調査レポートを完成させた瞬間、チームに安堵感が広がります。「よくできた資料だね」と評価され、次の会議のアジェンダへと流れていく——このプロセス自体が罠です。

調査は情報を集める行為であり、事業を前進させる行為ではありません。しかしチームは「調査した=仕事をした」という充実感を得てしまい、「では次に何をするか」の問いが後回しになります。

支援現場で実際に起きた事例として、ある50名規模のメーカーが2ヶ月かけてデスクリサーチと外部機関への調査委託を行い、120ページの市場調査レポートを完成させました。しかしその後の3ヶ月、「このデータをどう使うか」の議論が続き、結局MVPの設計に着手できないまま事業検討が凍結されました。

対策: 市場調査の開始時点で「この調査が終わったら○○を決定する」という意思決定事項を先に書き出す。調査はその決定のための材料収集と位置付ける。

失敗パターン2:調査結果を受け、「さらに調査が必要」を繰り返す

定性インタビューを5名やったら「もっと多くの声を聞かないと判断できない」、定量調査を100件取ったら「業界全体のサンプルとして300件は必要では」——調査を重ねるほど「まだ情報が足りない」感覚が強まるパターンです。

これは「調査が目的化」している状態です。不確実性は調査で解消できません。市場調査でわかることは「現時点の傾向と仮説の妥当性」であり、「絶対に成功する確証」は永遠に得られません。

実際、2年間にわたって市場調査を継続した飲食業向けSaaSのケースでは、分析の精度は高まりましたが、その間に競合が先行してリリースし、市場のファーストムーバーポジションを取られました。

対策: 事前に「この調査で仮説の70%が検証できれば前進する」という閾値を決めておく。100%の確信を求める行動は、ビジネスではリスクではなく「機会損失」と再定義する。

失敗パターン3:調査と実行が切り離されている

市場調査を担当するチームと、実際にMVPを作るチームが異なる組織に分断されているパターンです。調査チームが「市場規模は△億円で、顧客ニーズは○○です」というレポートを渡し、開発チームがそれを受け取って仕様化する——この伝言ゲームの過程で、インタビューで得た顧客の「生の言葉のニュアンス」が失われます。

特に大企業の新規事業室では顕著で、調査担当が現場の声を直接プロダクト設計に活かせないまま、「誤訳」が重なってMVPが顧客ニーズとズレたものになるケースを何度も見てきました。

対策: 定性インタビューには、後にMVP設計を行う人間が必ず同席するか、インタビュー全録音・逐語録を共有する。解釈の中間層を減らすことで、調査と実行が直結する。

この3つのパターンを念頭に置いたうえで、以下からは具体的な調査手法を解説します。

デスクリサーチ:業界レポート・競合分析・TAM算出の手順

デスクリサーチは市場調査の入口です。この段階の目的は「完全な理解」ではなく、「インタビューで何を聞くべきかの仮説を作ること」です。

ステップ1:市場規模(TAM)の概算を出す

TAM(Total Addressable Market)とは、事業が理論上アクセスできる市場全体の規模です。まず以下の情報源からデータを収集し、ざっくりした数字を出します。

無料で使える主要情報源:

  • e-Stat(政府統計の総合窓口) ——業界別の出荷額・売上高・従業者数を横断検索できます
  • RESAS(地域経済分析システム) ——地域別の産業・消費動向を視覚的に把握できます
  • 経済産業省「特定サービス産業動態統計調査」 ——サービス業の市場動態を月次で確認できます
  • 各省庁白書 ——国の政策方針と市場環境を把握できます
  • EDINET(有価証券報告書) ——上場競合他社の売上データから逆算できます

精度よりもスピードを優先し、まずTAMの仮説数値を出すことに集中してください。「数字が正確でないとレポートに書けない」という感覚は、このフェーズでは捨てましょう。

ステップ2:TAMからSAM・SOMに絞り込む

TAMを出したら、次に自社が実際にアプローチできる市場規模(SAM)と、短期的に獲得可能な規模(SOM)に絞り込みます。

指標定義絞り込みの視点
TAM対象市場全体の最大規模「この問題を持つ人は世の中に何人いるか」
SAM自社がアプローチできる市場「地域・チャネル・業種で絞ると?」
SOM短期的に現実的に獲得できる市場「3年以内に、今の組織体制で獲れる範囲は?」

この3層の数字は、後に投資家や社内決裁者への説明でも使います。最初から精密である必要はなく、オーダーオブマグニチュード(桁が合っているか)を確認すれば十分です。

ステップ3:競合分析——5社ピックアップと競合マッピング

競合を分析する目的は「競合に勝つ」ではなく、「競合が解決していない問題を見つける」ことです。以下の手順で進めてください。

  1. 直接競合と間接競合を分けてリストアップする ——同じサービスを提供する競合だけでなく、異なる方法で同じ課題を解決している間接競合も含める
  2. 各競合の価格帯・ターゲット・主要機能・口コミ評価を表形式にまとめる
  3. 2軸マトリクス(競合マッピング)を作成する ——「価格帯(低←→高)」「ターゲット(B2C←→B2B)」などの軸で配置し、空白領域(ホワイトスペース)を見つける

競合情報の主な収集先:

  • コーポレートサイト・価格ページ・採用情報
  • 口コミ・レビューサイト(G2、Google口コミ、各種アプリストア)
  • SNS(X・LinkedIn)での競合経営者・ユーザーの発言
  • PR TIMES等のプレスリリース
  • 特許情報(J-PlatPat)

ステップ4:マクロ環境の追い風・逆風を確認する(PEST分析)

競合分析と並行して、PEST分析でマクロ環境を確認します。

要因主なチェックポイント参照先
Politics(政治)規制・法改正・補助金・税制変更官公庁Webサイト、法令データベース
Economy(経済)GDP成長率・消費動向・業界景況感内閣府統計、日銀短観
Society(社会)人口動態・ライフスタイル変化・価値観の変容総務省統計局、国勢調査
Technology(技術)AI・DX動向・特許・技術革新のスピード特許庁データ、技術系メディア

PEST分析のポイントは、各要因を「追い風か逆風か」でラベリングすることです。情報の羅列で終わらせず、「この事業にとって何が有利で何が不利か」の判断に変換してください。

デスクリサーチは最大3日で区切ることをおすすめします。それ以上かけると、情報収集が自己目的化します。3日後に「インタビューで確認すべき仮説リスト(10項目以内)」が作成できていれば、デスクリサーチは成功です。

定性調査(インタビュー):仮説を深掘りする質問設計

定性インタビューは、デスクリサーチで立てた仮説を顧客の言葉で検証・修正するプロセスです。多くのチームがここで「アンケートの方が楽だから」と定性調査をスキップしますが、それが後工程での手戻りを生む最大の原因です。

ONE SWORDでは、最低でも5名・理想は8〜10名のインタビューを実施することを推奨しています。

インタビューの質問設計:5つの基本原則

  1. 「なぜ」を3回深掘りする構造にする ——表面の課題ではなく、根本にある動機・感情・状況を引き出す
  2. 誘導質問を排除する ——「〇〇と感じませんか?」ではなく「その状況でどう感じましたか?」と開く
  3. 現在の行動を聞く ——「将来的に使いたいですか?」ではなく「今、この問題をどう解決していますか?」を聞く
  4. 予算・意思決定プロセスを必ず確認する ——「誰が、何を基準に、いくらまで払う意思決定をするか」を聞かないと、後のMVP設計が破綻する
  5. 沈黙を恐れない ——答えが出にくい質問の後は5秒待つ。沈黙の後に本音が出ることが多い

インタビューの質問例(B2B新規事業の場合)

以下は実際の支援現場で使っているインタビューフローです。

オープニング(5分) 「今日は〇〇についてお聞きしたいのですが、まず現在のお仕事について教えていただけますか?」

課題発見(15分)

  • 「〇〇の業務で、今一番困っていることや手間に感じていることは何ですか?」
  • 「その問題、今はどのように対応していますか?」
  • 「その解決方法の、一番不満なところはどこですか?」

深掘り(10分)

  • 「それが解決されたとしたら、業務でどんな変化がありますか?」
  • 「もし理想のツール・サービスがあったとしたら、どんな機能・特徴がありますか?」

意思決定・予算(10分)

  • 「そういったサービスの導入を決める場合、社内で誰が関わりますか?」
  • 「似たようなカテゴリで、現在使っているツールやサービスの費用はどれくらいですか?」

クロージング(5分) 「最後に、私が今日お聞きした内容以外で、お伝えいただきたいことはありますか?」

インタビュー後の分析:アフィニティマッピング

インタビューが終わったら、発言を付箋単位で書き出し、テーマごとにグルーピングします(アフィニティマッピング)。以下の3つの問いで整理してください。

  1. 複数の人が語った共通の課題は何か? ——これが市場ニーズの核心
  2. 現在の解決策(競合・代替品)に対する不満は何か? ——これが差別化ポイントの候補
  3. 想定外の課題・ニーズが出てきたか? ——これが仮説の修正材料

インタビューの結果を定量調査に引き継ぐ際は、「インタビューで出てきた仮説を検証するための設問」として設計します。この連鎖が機能することで、調査全体の精度が高まります。

なお、インタビューの設計と分析について詳しくは顧客インタビューのやり方|質問例・設計・分析を完全解説も合わせてご覧ください。

定量調査(アンケート):数値で仮説を検証する設計方法

定性調査で得た仮説を「この傾向はどれくらいの割合で存在するか」を数値で確認するのが定量調査です。重要なのは、「良いアンケートを作ること」ではなく、「仮説を検証できるアンケートを作ること」です。

定量調査の3つの設計原則

原則1:仮説をアンケートの前に書き出す

「調査で何かわかるだろう」ではなく、「〇〇という仮説を確認する」という目的を明確にしてから設問を作ります。検証したい仮説が3つあれば、アンケートの設問も基本的に3〜5問で十分です。

原則2:回答者のスクリーニングを厳密に行う

Webアンケートで最も多い失敗は、「関係ない人に大量に回答させてしまうこと」です。ターゲットではない人の回答は、データをむしろ歪めます。スクリーニング設問(「あなたは〇〇を担当していますか?」等)を必ず冒頭に設け、ターゲット外の回答者を除外する設計にしてください。

原則3:選択肢の設計で誘導しない

「とても満足・満足・やや不満・不満」という選択肢は、「満足側」に傾きやすい構造です。中立な選択肢設計を意識し、特に競合比較や価格許容度の設問では、実際の数値(「月額5,000円」「月額10,000円」)を提示する方式が精度を高めます。

B2B向けアンケートのサンプル設問構成

以下は、法人向けSaaS新規事業の検証アンケートの実例に基づいた構成です。

スクリーニング(Q1〜Q2)

  • Q1:あなたの職種・役割を教えてください(選択)
  • Q2:社内で〇〇に関わる業務を担当していますか(はい/いいえ)

課題の存在確認(Q3〜Q4)

  • Q3:〇〇業務で感じる課題を選んでください(複数選択、インタビューで出た選択肢を使う)
  • Q4:その課題の深刻度を教えてください(5段階スケール)

現在の解決策(Q5)

  • Q5:現在、その課題をどのように解決していますか(複数選択+自由記述)

支払い意思の確認(Q6)

  • Q6:もし〇〇の課題を解決するツールがあった場合、月額いくらまでであれば検討しますか(具体的な金額帯を提示)

意思決定プロセス(Q7)

  • Q7:その導入決定は誰が行いますか(選択)

サンプルサイズの目安

新規事業の仮説検証では、以下を目安にしてください。

用途最小サンプル推奨サンプル
仮説の方向性確認30〜50件100件
セグメント別分析各セグメント50件以上各セグメント100件以上
統計的有意差の検証100件以上300件以上

初期の仮説検証であれば、Googleフォーム+SNS拡散で100件を集めることを目指すのが現実的です。精密なパネル調査(リサーチ会社への外注)は、MVPを通じた検証が難しい大型投資判断の前に実施するもの、という位置付けで考えてください。

定量調査で得たデータは、次のセクションで解説する「MVP設計への一気通貫フロー」の直接の入力データとなります。

調査→仮説→MVP設計への一気通貫フロー

市場調査の最大の価値は、「MVPを作るべきか、どのようなMVPを作るべきか」を決める材料になることです。この接続が機能しないと、どんなに精緻な調査をしても「調査したことがある」という過去形の資産にしかなりません。

ONE SWORDが推奨する一気通貫フローは以下の6ステップです。

ステップ1:仮説キャンバスを作成する(デスクリサーチ完了後)

以下の5つの項目を1枚のシートに書き出します。

  1. 顧客セグメント仮説 ——誰が最も深くこの課題を抱えているか
  2. 課題仮説 ——その顧客が抱える問題の本質は何か
  3. 解決策仮説 ——どんな方法でその問題を解決できるか
  4. 価値提案仮説 ——競合と比べて何が優れているか
  5. 収益化仮説 ——誰がいくら払うか

この仮説キャンバスが、インタビューの「聞くべきこと」の設計図になります。

ステップ2:インタビューで仮説を更新する

インタビューの後、仮説キャンバスの各項目を「検証済み」「反証された」「修正が必要」の3色に塗り分けます。反証された仮説は早めに発見できたことが「成果」です。修正された仮説は、定量調査の設問に反映させます。

ステップ3:定量調査で仮説の規模感を確認する

定量調査では「このニーズは十分な市場規模があるか」を確認します。具体的には以下の2点を確認してください。

  • 課題の深刻度スコアが4以上(5段階)の回答者が20%以上いるか
  • 月額○○円以上を支払う意思がある回答者が10〜15%以上いるか

この数値が基準を超えていれば、MVP検証に進むGOサインです。

ステップ4:MVP設計の範囲を決める

MVP(Minimum Viable Product)は「最小限の機能で最大限の学習を得る」ために作ります。この段階での問いは「何を作るか」ではなく、「何を学ぶためのMVPか」です。

MVP設計で決めるべき3つの項目:

  1. 検証したい仮説(1〜2個に絞る)
  2. 最小限の機能セット(仮説を検証するのに必要な最小限)
  3. 検証期間と成功指標(例:4週間で20社に使ってもらい、継続率60%以上)

ステップ5:ランディングページテストまたはプロトタイプテスト

実際のコード開発の前に、ランディングページ(または簡易プロトタイプ)を作り、「価値提案に興味を持つ人がいるか」を確認します。

  • ランディングページテスト ——LPを公開して問い合わせ・メール登録の反応率を測定
  • プロトタイプテスト ——Figmaなどの非機能プロトタイプを実際のターゲットに見せて反応を確認

この段階でゼロの反応なら、仮説キャンバスに戻って課題・解決策・価値提案を見直します。

ステップ6:MVP開発→計測→学習のループへ

ランディングページテストで十分な反応(業界によって異なりますが、B2Bでは5〜10社の具体的な関心表明が目安)が確認できたら、MVP開発に着手します。

重要なのは「作って終わり」ではなく、MVPを使って何を計測するかを先に決めることです。計測設計のないMVPは、次の仮説を生み出せません。

このフローを一気通貫で進めることで、「調査→安心→停滞」というパターンを構造的に防止できます。各ステップに「次のステップへの引き渡し物」が設計されているため、チームの誰かが「もっと調査しよう」と言い出しても、「今の判断に必要な情報はすでにある」と答えられる状態になります。

「調査不足」vs「調査過多」の判断:いつMVP検証に移行するか

新規事業の現場で最も頻繁に受ける相談が「まだ調査が足りないのか、もう動いてもいいのか」という判断の問いです。

正直に言えば、「調査が完全に十分」になることは永遠にありません。市場は動き続けるし、顧客の認識も変化します。完璧な情報は存在しない前提で、「今の情報で次の判断ができるか」を問うことが正しいアプローチです。

MVP移行の3つのGOサイン

以下の3つが揃ったら、調査フェーズを終了してMVP検証に移行することを推奨しています。

GOサイン1:課題仮説の検証 5名以上のインタビューで、少なくとも4名が「同じ課題」を語っている。かつ、現在の解決策(競合・代替手段)に明確な不満を持っている。

GOサイン2:支払い意思の確認 定量調査で、ターゲットセグメントの15%以上が想定価格帯で「検討する」と回答している。

GOサイン3:競合の空白 競合マッピングで、自社が参入しようとするポジションに強力な既存プレイヤーがいない(または明確な差別化が可能)ことが確認できている。

STOP(調査継続)の3つのサイン

逆に、以下に当てはまる場合は調査を続けることが適切です。

STOPサイン1:課題の深刻度が不明 インタビューで課題は見えているが、「急いで解決したい」のか「あれば便利」程度なのかが判別できていない。

STOPサイン2:ターゲットが分散している 定量調査の結果、課題を持つ人は多いが、属性がバラバラでセグメントを絞れない。

STOPサイン3:TAMが小さすぎる 計算上のSOMが、初期投資を回収できる規模に届いていない。

「もっと調査しよう」の8割は意思決定回避

ONE SWORDの支援経験から率直に言えば、「まだ調査が足りない」という発言の8割は、意思決定そのものへの不安からきています。調査を増やしても、その不安は消えません。

不確実性に耐えてMVP検証に踏み出す——これがイノベーションの本質です。調査の役割は「不確実性をゼロにすること」ではなく、「意思決定できる水準まで不確実性を下げること」です。

MVPに移行する際の判断に迷ったら、「このまま1ヶ月さらに調査を続けたとして、判断を変えるような情報が得られる可能性はあるか」を問いかけてください。「ない」と感じるなら、それが移行のタイミングです。

なお、MVP設計や事業モデルの構造化についてはビジネスモデルの作り方|4つの要素と5ステップで設計する実践ガイドも参考にしてください。

よくある質問

市場調査にかかる費用はどれくらいですか?

自社で実施する場合、デスクリサーチと定性インタビュー(5〜10名)であれば、ツール費用はほぼゼロで実施可能です。外注する場合の相場は、Webアンケート(500件)が10〜30万円、デプスインタビュー(10名)が30〜80万円、総合パッケージは100〜300万円程度です。初期段階では外注に頼らず、自社で定性インタビューを実施することをおすすめします。理由は「調査する過程でしか得られない顧客理解」があるからです。

新規事業の市場調査に使えるフレームワークは何ですか?

代表的なのはPEST分析(マクロ環境把握)、TAM/SAM/SOM(市場規模算出)、3C分析(顧客・競合・自社の全体把握)、SWOT分析(内外部環境整理)、STP分析(ターゲット選定・ポジショニング)、ファイブフォース分析(業界競争構造評価)です。ただし全部を使う必要はありません。まずPEST分析とTAM算出、3C分析の3つを中心に動かすのが現実的です。フレームワークの詳細については競合分析のやり方とフレームワーク7選も参考にしてください。

市場調査と事業計画書の関係はどうなっていますか?

市場調査は事業計画書の「根拠」を作るプロセスです。しかし多くの事業計画書は「市場規模は○兆円です」という数字の引用に終わっており、「なぜ自社がその市場で勝てるか」という顧客インサイトが欠けています。事業計画書に命を吹き込むのは、定性インタビューで得た「顧客の言葉」です。数字と言葉の両方が揃って初めて、説得力のある計画になります。

インタビュー対象者はどこで見つけたらいいですか?

最も確実なのは、既存の顧客・取引先・知人から紹介してもらうことです。知人ゼロの場合は、SNS(X・LinkedIn)で「インタビューにご協力ください」と投稿する方法が有効です。また、Lancers・ビザスクなどのビジネスマッチングサービスを使うと、特定業界の有識者に有償でインタビューできます(1回あたり1〜3万円程度)。ポイントは「話を聞いてもらえそうな人」ではなく、「ターゲット顧客に近い人」を選ぶことです。

1人でできる市場調査の手順を教えてください。

リソースが限られる場合は「3日間ミニマム調査」をおすすめします。1日目:e-Stat・RESASでTAMの概算を出し、競合5社をリストアップ。2日目:SNSで関連キーワードの口コミを30件以上収集し、知人3名に電話でインタビュー。3日目:集めたデータでSWOT分析を行い「GO/NO-GOの仮判断」をする——この流れで、事業アイデアを本格的に深掘りする価値があるかどうかのスクリーニングができます。完璧なデータよりも、「次の判断ができる最小限の情報」を素早く集めることを優先してください。

定性調査と定量調査はどちらを先にやるべきですか?

新規事業の場合、定性調査(インタビュー)を先に実施することを強く推奨します。定量調査(アンケート)の設問設計は、「何を聞くべきか」がわかっている状態でないと機能しません。まだ仮説が固まっていない段階でアンケートを取ると、的外れな設問ばかりになり、大量の回答を集めても意思決定の材料にならないことが多いです。「定性で仮説を作り、定量で仮説を検証する」という順序を守ってください。

市場調査レポートを社内で通す際のコツはありますか?

意思決定者が求めているのは「たくさんのデータ」ではなく「判断の根拠」です。レポートは「参入すべき理由」と「参入しない場合のリスク」を1ページで提示する構成にしてください。特に効果的なのは、インタビューで得た顧客の「生の声」を引用することです。「〇〇業界で15年のAさんは『今の解決策は××が根本的に不満で、もし△△できるなら即日導入したい』と言った」という一文は、どんな統計データよりも意思決定者の心を動かします。

まとめ

新規事業の市場調査で最も大切なのは、「完璧な調査を目指して動けなくなること」を防ぐことです。本記事の要点を振り返ります。

  • 市場調査の3段階:デスクリサーチ→定性インタビュー→定量調査の順で進める
  • 調査後に失敗する3パターン:調査して安心・さらに調査を繰り返す・調査と実行が切り離される
  • デスクリサーチの目的:「インタビューで何を聞くか」の仮説を作ることであり、完全な理解ではない
  • インタビューのポイント:現在の行動・予算・意思決定プロセスを必ず確認する
  • 定量調査の核心:仮説を先に書き出し、それを検証する設問だけを作る
  • 一気通貫フロー:仮説キャンバス→インタビュー→定量検証→MVP設計は切り離さない
  • 移行判断:3つのGOサインが揃ったらMVP検証へ。「100%の確信」は存在しない

市場調査は「情報を集めること」が目的ではありません。「次の意思決定を前進させること」が目的です。調査結果をMVP設計につなぐ一気通貫フローを、チーム全員が共通認識として持つことが、新規事業成功率を高める最短経路です。


調査結果をどう事業計画・収益モデル・MVP仮説に落とし込むかで詰まっている方は、新規事業立ち上げキットをご覧ください。300社支援で蓄積した実戦用ワークシートと動画解説で、「仮説キャンバス→調査設計→MVP設計→PMF判断」の一気通貫フローを、実際に手を動かしながら体系的に習得できます。「調査はできるがアクションが遅い」チームの、最初の一歩を確実に前進させます。

関連記事

1枚埋めるだけでアイデアが事業計画書になる|新規事業立ち上げキット(穴埋め式テンプレート+専門家動画)

執筆・監修

ONE SWORD編集部ONE SWORD株式会社

300社以上の新規事業支援実績をもとに、フレームワーク・事業計画書・マーケティング戦略を実践的に解説。中小企業の経営者・新規事業担当者に向けたビジネスメディアの編集チームが執筆・監修しています。

ONE SWORDについて →